みなさん、創作って難しいものだと思いますか?
私は、ずっとそう思っていました。
動画編集も、作曲も、イラストも、できる人だけが入れる場所のように見えていた。
ところが、2020年以降、私の周りでは創作を始める人が一気に増えたように見えました。
家で過ごす時間が増えた。
何かを始める理由もできた。
時間と動機がそろえば、思っていたより多くの人が作れたのです。
少し嫌な言い方をすると、こうなります。
創作が簡単だとバレてしまった。

高尚な技術だと思っていた
もちろん、本当に簡単だったわけではありません。
上手くなるには時間がかかります。
覚えることも、失敗することも、山ほどあります。
ただ、「一部の特別な人にしか作れない」というほど遠いものでもなかった。
そこそこの人が、時間を使って手を動かせば、作品と呼べるものへ届く。
私には、そう見えました。
高い壁だと思っていたものが、近づいてみると入口だった。
入口の先が長いだけでした。
そして最近、同じことがAIでも起きています。
この前出たAstraのようなAIは、文章を返すだけでなく、PCを操作して複数の作業を進めます。
「クリエイティブな仕事だけは、AIに奪われない」
そう思っていた安心は、ずいぶん簡単に崩れました。

クリエイターは、もういらないのか
では、クリエイターはもう必要ないのでしょうか。
私は、そうは思いません。
創作は、手先の技術だけではないからです。
何を作るのか。
何を面白いと思うのか。
どこが気に入らなくて、どこまで直すのか。
そこには、その人の思念が入ります。
狂気的な執念で技術を極めることも、思念の一つだと思います。
頼まれていない部分まで作り込む。
誰も気づかない一瞬を、何度も直す。
そこまでやる理由は、技術だけでは説明できません。
AIを使っても、面白いものを作る人と、そうでもない人がいる。
見た目がきれいか、手間がかかっているか。
それだけでは、作品を測れないのだと思います。

私は、モデリングが嫌いです
ここまで大きな話をしておいて、私がAIに期待していることは、かなり個人的です。
モデリングをお願いできませんか。
私が好きなのは、撮影処理やアニメーション、エフェクトを作るところです。
動かしたい。
光らせたい。
画面を、自分の好きな感じにしたい。
そこは、いくらでも触っていられます。
ところが、そのための形を作る工程になると、急に元気がなくなります。
「創作が好きなら、全部の工程が好きなはずだ」
そう思っていた時期もありました。
でも、そんなことはありませんでした。
好きなものは好きですし、嫌いなものは嫌いです。

光らせる前に終わっている
そして、これには実害があります。
作りかけたまま、完成しなかったものがあるのです。
やりたい表現はありました。
アニメーションを付けたい。
エフェクトを作りたい。
撮影処理まで持っていきたい。
でも、そこへ行く途中の工程で止まりました。
技術が足りなかったこともあります。
単純に、気力が続かなかったこともあります。
理由はどうあれ、結果は同じです。
完成しませんでした。
一番やりたかったところに、たどり着けていない。
光らせる前に、終わっています。

全部できる人より、完成させる人
苦手な工程を任せて、私はその先のアニメーションや撮影処理をする。
出てきたものを見て、ここは違う、もう少しこうしたい、と伝える。
それができたら、止まっている作品が動き出すかもしれません。
楽をしたいというより、好きな作業までたどり着きたい。
いや、楽もしたいです。
そこは否定しません。
正直に書いておくと、止まっていた作品が完成しました、という話ではありません。
今のところ、期待だけです。
道具が増えても、何を作るかは自分で決めることですし、どこで完成にするかも自分で決めることです。
そこは、たぶん誰も肩代わりしてくれません。
ただ、「自分にはできない」で終わっていたところに、別の進み方があるかもしれない。
それが、少し楽しみです。

創作が簡単になったのか。
私は、少し違う気がしています。
自分でやらなければ作品にならなかった工程を、別の誰かや道具へ渡せるようになった。
そのぶん、作れる人と、作れる範囲が広がった。
全部できる人になりたいのか。
作りたかったものを完成させたいのか。
少なくとも今の私は、後者です。
なので、モデリングはお願いしたいです。
光らせるところは、私がやります。










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