日々のこと、買ったもの、作っているもの。

日記「欲求は、なかったことにならない」

欲求は消えない、なかったことにするなと伝える狐耳キャラクターのアイキャッチ画像

みなさん、やりたいことはありますか。

旅行に行きたい。新しいものを買いたい。

誰かと遊びたい。何かを作りたい。

でも、お金や時間が足りなかったり、失敗するのが怖かったりすると、こう言ってしまうことがあります。

「まあ、別にそこまでやりたいわけじゃないし……」

やりたいことを認めるのが気まずくて目をそらす狐耳の女の子

最近、私はこの言葉を少し疑っています。

やらなかったことにしておけば、できなかったことを、見なくて済むからです。

目次

「あえて」は、便利すぎる

遊べる状況で、自分の意思で遊ばなかった人。

本当は遊びたかったけれど、環境やお金の事情で遊べなかった人。

外から見れば、どちらも遊んでいない人です。でも、本人の中に残るものまで同じとは思えません。

欲しいものを考えたうえで買わなかったのか、買いたかったのに買えなかったのかも、違うはずです。

「やらない」と「できない」は、同じではない。

ただ、「自分はあえてやらなかっただけ」と言っているとき、本当に選べる状況だったのかは、自分へ聞いてみる必要があります。

それ、本当に「あえて」ですか?

みんながやっていることに、興味がないふりをしていないか。

できなかった自分を見たくなくて、望んでいなかったことにしていないか。

本当にあえてやらなかったのか疑いの目を向ける狐耳の女の子

「あえて」は便利です。便利すぎて、私も使いたくなります。

消したつもりの欲求

できなかったことを、長い間「やりたくなかったこと」に置き換えていると、欲求が消えたように感じるのかもしれません。

でも、自由な時間ができたり、お金の余裕ができたりした途端に、急に欲しくなることもありそうです。

見えなくなっただけで、残っていたのではないか。

私は、そういう欲求のしぶとさを考えてしまいます。

押し込めた欲求のしぶとさに驚いて身を引く狐耳の女の子

もちろん、我慢した欲求が必ず後で爆発する、という決まりを言いたいわけではありません。

私自身のことを考えても、欲しかった理由も、欲しくなくなった理由も、はっきりしないものがあります。

ゲームしかしていなかった頃

子どもの頃、私はソーシャルゲームが大好きでした。

宿題どころか、授業もろくに受けずにゲームをしていました。

強くなりたい。もっと先へ進みたい。そのために課金したい。

お小遣いも、お年玉も、ほとんどゲームへ入れていました。

スマートフォンゲームへ無心で没頭する狐耳の女の子

数年後、急に思いました。

何をしていたんだろう。

今考えると、もう少し穏当な気づき方はなかったのかと思います。

ただ、それ以降は課金したい衝動がほとんどなくなり、勉強も自分からするようになりました。

やり切ったから満足したのか、成長して興味が移ったのか。正確なところは、自分でも分かりません。

少なくとも、ゲームに対する未練は残りませんでした。

とはいえ、「好きなだけ課金したらよくなりました」という成功談ではありません。

当時の私は、自分の欲求を理解して選んでいたわけではないんです。ただ衝動に動かされて、たまたま比較的取り返しのつく時期に、興味が落ち着いた。

運がよかったのだと思います。

進学や就職など、もっと大切な局面であの衝動が来ていたら、と想像すると少し怖いです。

ゲームへの衝動が大切な時期に噴き出す未来を想像して青ざめる狐耳の女の子

欲求が、広告を読み上げる

あの頃の「強くなりたい」も、すべて自分の内側から生まれたものだったとは思いません。

強いキャラクターが次々に登場する。もう少し課金すれば先へ進めそうに見える。今を逃したら手に入らない気がする。

そんなものを見ながら遊んでいたのだから、ゲームの仕組みに育てられた欲求もあったのかもしれません。

広告を見て、欲しくなったもの。

他人と比べて、急に必要だと思ったもの。

周囲から評価されるために、欲しいことにしているもの。

欲求は、自分の進みたい方向を教えてくれることがあります。

けれど、いつでも正直な案内役とは限りません。

ときどき広告を読み上げています。

頭の中を広告やセール通知に囲まれて困惑する狐耳の女の子

だから、欲しいと思ったことを全部かなえる前に、一度外へ出して眺めたいです。

これは自分の願いなのか。誰かに欲しがらされている部分はないのか。

きれいに分けられなくても、聞かないまま進むよりは、自分の買い物や行動を理解できそうです。

認めることと、従うこと

とはいえ、欲しいのに買えない自分を見続けるのは、しんどいです。

行きたいのに行けない。なりたい自分がいるのに、今はそこへ届いていない。

最初から望んでいなかったことにした方が、楽な場面もあると思います。

でも、私はそれでも、自覚していた方が楽しい気がします。

追いかけられる状況になったとき、まだ行きたい場所を覚えていられるからです。

何でも買おう、仕事を放り出して遊ぼう、という話ではありません。

それはそれで困ります。

欲求をすべて満たすべきという意味ではないと両手を振って否定する狐耳の女の子

欲求に従うことと、欲求の存在を認めることは別です。

今かなえるのか。後にするのか。

試して卒業するのか。自分の願いとは違うと分かって手放すのか。

何を選んでもいいけれど、見ないふりをしたまま「自分で選んだ」とは言いたくないんです。

100個、書いてしまう

ありきたりですが、「やりたいことリスト」は、そのために使えそうです。

できれば100個。大きさの違う願いを、同じ紙へ入れてしまいます。

期間限定のお菓子を食べたい。気になる店へ行きたい。

新しいソフトを使いたい。旅行に行きたい。

強いクリエイターになりたい。高級タワーマンションに住みたい。

お菓子とタワマンが、同じリストに並びます。

100項目のやりたいことリストを得意げに見せる狐耳の女の子

むしろ気になるのは、すらすら書けたものより、手が止まったものです。

恥ずかしい。自分には無理。別にそこまで欲しくない。

そのうちのいくつかを、また「あえて望んでいない」ことにしようとしていないか。

実現するかどうかは、あとで考えればよいと思います。誰にも見せない紙くらい、正直でも困りません。

かなったら消す。試してみて、それほど欲しくなかったと分かったら消す。他人との比較で欲しくなっただけだと思ったら、それも消していい。

100個を全部達成するための宿題ではなく、頭の中だけに置いておかないためのリストです。

壁紙では、覚醒しないけれど

大きな願いには、先に環境を少し近づけてみるのもよさそうです。

強いクリエイターになりたいなら、机を作業しやすくする。使うソフトを開きやすくする。壁紙を、少し格好いいものに変える。

壁紙を変えれば才能が生える、という魔法ではありません。

残念ながら、生えません。

パソコンの壁紙を変えただけで創作の才能が目覚めるのを待つ狐耳の女の子

ただ、机が片づいていれば、やろうと思ったときに始めやすい。

願いを覚えていれば、関連するイベントや機会を見たときに、「これ、行きたかったんだ」と気づけるかもしれません。

思い込むだけでかなうのではなく、思い出したときに動けるようにしておきたいんです。

人生には、ときどき「今ならできる」という瞬間があります。

そのとき、自分が望んでいたことまで忘れていたら、もったいない。

自分の欲求を、なかったことにしない。

誰から生まれたものか確かめて、それでも自分が望むのなら、機会をうかがっておく。

そしてチャンスが来たら――

飛びつく!

かなえられる機会へ勢いよく飛びつく狐耳の女の子

思っていたものと違ったとしても、それは欲求を一つ理解したということです。

何年もあとになって「本当はやりたかった」と気づくより、追いかけられるときに走っておく。

私は、そんなふうに生きてみたいと思っています。

ただし、壁紙を変えて待っているだけの時間は、なるべく短めに。

いかがでしたか?パチンコ風映像
欲求は消えない、なかったことにするなと伝える狐耳キャラクターのアイキャッチ画像

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