みなさんは、何かを作り始める前から、やめる理由が見つかることはありませんか。
もっと上手い人がいる。
似た作品は、もうある。
時間をかけても、ほとんど見てもらえないかもしれない。
私も、こういう言葉を盾にして、作らない理由を探していたことがあります。
だいたい、もっともらしいんです。やめる理由の方が、先に完成しています。
正しいことと、決めてよいこと
たしかに、私より上手い人はいます。見てもらえない可能性もあります。
でも、そこから「だから私は作らなくていい」までは、少し飛んでいる気がします。
他人の作品が存在することと、自分が何を作りたいかは、同じ問題ではないからです。

ありません。
頭の中で問答をしても、そこは埋まりません。保証のないまま作るのが怖いから、こんなに理由を集めているのかもしれません。
私は、怖い理由をいったん書き出して眺めるのも、一つの方法だと思っています。
書いたから不安がなくなるわけではありません。でも、「作品が埋もれるかもしれない」と「それでもこの場面を作りたい」は、別々に置いておけそうです。
不安を言い負かせなくても、作りたい気持ちまで撤回しなくていい。
まだない作品を、勝手に信じる
元のX投稿に添えていた画像。
完成したら、この場面がすごくよくなるはずだ。
ここで音が重なったら、きっと気持ちがいい。
まだ何もできていないのに、完成後の自分だけが、先に大喜びしている。
こういう妄想が、創作には必要な気がしています。
見方によっては、ずいぶん根拠のない自信です。
ただ、まだ存在しない作品を、完成品と同じ厳しさで審査し続けたら、私なら途中で引っ込めてしまいそうです。
最初くらい、作っている本人がひいきしてもいいのでは。
技術が不要という話ではありません。むしろ、想像したものへ近づけるために、調べたり直したりする必要があります。
妄想だけで書き出しまで終わってくれたら、こんなに苦労していません。
妄想を置く場所
仕事の制作で、相手の要望や締め切りを無視してよいわけではありません。
自分の作品でも、生活を壊すほど続けなければいけないとは思いません。
ただ、守る条件とは別に、自分の「これが見たい」を置く場所は残しておきたいです。
作品が完成する前に、その作品を面白がっている人。
最初は私一人かもしれません。
それでも、一人いるのと、誰もいないのとでは違います。
あとは、この信者に作業もしてもらうだけですね。












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